今年のノーベル賞で話題になったTRP(トリップ)チャネルは、進化の過程で様々な変化を遂げながら、生きていく上で必要不可欠な仕組みとして引き継がれているものです。生物ごとに少しずつ性質が違ったり、持ち合わせている種類が違ったりしています。ヒトでは現在、28種類がみつかっており、ほとんどの細胞にいずれかのTRPチャネルが存在しています。
TRPチャネルの役割は簡単に言うとセンサーです。温度や刺激物などでスイッチが入り、様々な反応を起します。あまりにも多くの細胞でたくさんの役割を担っているために、副作用が問題となってしまい、創薬が難しいという側面はありますが、世界中で研究が続けられています。研究内容は非常に高度で難しいのですが、TRPチャネルは身近なところで活躍しています。その例をいくつか挙げたいと思います。
唐辛子は主成分であるカプサイシンがTRPV1を刺激して我々に「辛い」という感覚を生じさせます。熱い料理ほど余計に辛く感じるのは、熱で活性が高まるTRPV1がより強く「辛い」という情報を伝えるからです。
アラブ地方ではミントティーを、キューバではモヒート(ミントをたっぷり入れたカクテル)を飲みます。コンビニに並んでいる冷却グッズにはミントの主成分であるメントールが含まれている物が少なくありません。ミントはTRPM8を活性化し、体温は下げませんが、冷たさや涼しさを感じさせます。
わさびを沢山食べると鼻の奥がツーンとなるのは、ワサビの主成分であるイソチオシアン酸アリルがTRPA1を刺激するからです。また、昔から虫よけに使われている樟脳は、虫のTRPA1を刺激し、そこが高温で危険な場所だと感じさせることで虫を近づけないように作用しています。
関節リウマチの患者さんにとっては、痛みに関与しているかどうか興味があるところだと思います。TRPチャネルのうち、TRPV1、TRPA1、TRPM2が痛みに関与しています。これまでに多数のTRPV1阻害薬が開発されましたが、異常な高熱や温度を正しく認識できずに火傷する等の副作用が問題となり、開発中止となりました。TRPA1に関しては、痛み以外にも、痒みや痺れに関与しています。ヒスタミンに依存しない(普通のかゆみ止めでは抑えられない)痒みや、抗がん剤の副作用などで生じた痺れなどの治療薬として開発が進められています。TRPM2は痛みの慢性化に関与している可能性が示唆されています。TRPM2に関してはまだ創薬には結びついていませんが、今後の発展が期待されています。TRPチャネルの研究が今すぐに関節リウマチの治療に使われるという段階ではありませんが、いずれ恩恵に預かることがあるかもしれないと楽しみにしています。